超高層大気の風と波

地球の固体部分が半径約6400kmの球であるのに対して、 大気は地表からせいぜい1000km、空気の特に密な部分だと100km以下の薄い層で しかない。球面に張り付いたこの薄い流体層が、宇宙空間の有害な影響から 生物を守り、多くの複雑なプロセスを経て現在の気候や天気の変化を生み出して、 私たちの生活環境を守っている。一方、現代では航空機が高度10kmを日常的に飛び、 国際宇宙ステーションが高度400kmを周回していることからわかるように、 人類の活動圏は大きく広がっている。こうした高々度の大気を研究することは、 地球環境問題や人類の生活環境の成り立ちの理解とともに、人類活動を支える重要な 課題となってきている。地球と宇宙の境界領域に位置する超高層の大気の 振舞いが、今後ますます重要となっていくと考えられる。以下では、この 超高層大気に関する大きな研究課題の一つである、大気波動現象について紹介する。
 

超高層の大気
 上空の大気のことをさして高層大気と呼ぶことがある。 気象学では高層大気というと高さ40〜50kmくらいから下の大気層を指し、この高さ よりさらに上の大気は超高層大気と呼ばれる。超高層物理学は超高層大気を 研究対象とする学問分野である。近年は、オゾン層破壊や地球温暖化などの 地球環境問題を理解するためにも上空の大気が大変重要であることがわかってきて、 その研究はますます重要になっている。また、地球と宇宙の境界または融合領域の 研究分野とも言える。

 大気は図1に示すように、高さごとに気温を 指標にしたいくつかの領域に分けられていて、下から対流圏(約15km以下)・ 成層圏 (15−45km)・中間圏(45−85km)・熱圏(85km以上)と呼ばれている。 成層圏では オゾン層が太陽紫外線を吸収して加熱するため、高度45km付近を 極大とする気温の高い層が生まれる。オゾン層のような強い加熱源のない中間圏では、 高度が上がるほど気温は下がる。熱圏では、さらにエネルギーの大きい 太陽からの紫外線やX線の吸収・加熱により温度が上昇する。超高層大気とは、 これらのうち中間圏から熱圏の大気層を指す。

 大気の分類には他にもいくつかあり、近年はより物理過程に 即した呼び方として下層・中層・上層大気という分類が提案されている。 対流圏を下層大気、成層圏・中間圏・下部熱圏(約100km以下)を中層大気、 それ以上を上層大気と呼ぶ。 中層大気は湿潤過程(雲など水蒸気の入った物理)や電磁現象 (オーロラや電離した大気の物理)を含まないで扱える大気領域 である。

 
超高層大気と大気波動
 地表付近の天気は日々ダイナミックに変化していくが、 地上から何十kmも上空の超高層大気もまた大変大きく変動する。以下に述べるように、 さまざまな波動や物理現象の相互作用が地球規模の大気を動かし、 地球環境の変化とも結びついている。
 図2は、横軸を緯度、縦軸を高度にとって、1月の平均的な 東西風速の強度を等高線表示したものである。高度10km付近の対流圏では、 西風のジェット気流が南北両半球に見られる。高度20kmから90km付近までの 中層大気中には中層大気ジェットと呼ばれる気流があり、夏に東風(西向き)、 冬に西風(東向き)と半年ごとに風向を変える。オゾン層のある高度30km付近から オーロラの発生する高度80-90kmまでを巻き込んだ大規模な風系が 形成されていることがわかる。

図2:1月の平均的な東西風強度を、等値線図で示した もの。実線は西風(東向き)、破線は東風(西向き)を示す。等値線の数字の 単位はm/s。縦軸は高度(km)、横軸は緯度(正が北緯、負が南緯)を示す。


 

 実際には、こうした平均的な風の流れ(平均風と呼ぶ)に重 畳して、大気のさまざまな変動が起こっている。その大きな要因である大気波 動は、周期が数分から数十日、波長が数十kmから1万km規模(地球一回り)に 及ぶさまざまなものが大気中に満ち満ちている。大気波動とは、空気という流 体の波であるから、しばしば風速などの周期的な変化として捉えられる。そう した大気中の波はその成因や伝播状態によって大気重力波、大気潮汐波、プラ ネタリー波などに分類されている。

  図3は、中間圏高度における風速の2ヶ月間ほどの時間変化で ある。こまかい振動や、全体に大きく揺らぐ変動、さらに細かい雑音のような 変化がみてとれる。比較的規則的な細かい周期振動は主に大気潮汐波、全体を ゆらす十日以上の周期の変動はプラネタリー波と考えられる。また、潮汐波よ りもさらにこまかい雑音成分のように見えるのが大気重力波である。高度80km 程度では、これらの波が重なり合うことによって、一日で数十m/s以上も変化する。 最大風速が120m/s以上の強風が吹くこともあ る。

図3:中間圏高度で観測された2時間ごとに平均された東西風速 の時間変化。1994年11月5日から12月31日の期間に山川町(鹿児島県)のMF (中波帯)大気観測レーダーで観測された。横軸は1994年1月1日を起点とした通 算の日数。縦軸は風速値(m/s)。

 伝播する波動は空気を揺らすだけでなく、大気現象全 体にも大変重要な役割を果たす。伝播性波動は一般にエネルギーや運動量を運び、 波が崩れる際にそれらを放出すると考えられている。例えば、大気重力波は 他の現象にくらべて時間・空間スケールが小さいため過去の気象学では 無視されていたが、この波の運ぶ運動量が、上述した中層大気や対流圏の ジェット気流、地球規模の温度バランスや熱帯・極地の成層圏など、多岐にわたる 影響を及ぼしていることがわかってきている。現在では、天気予報計算でも精度 をあげるために重力波の効果が検討されている。
 

 上下方向(鉛直方向)に伝播する主な大気波動の 特性をまとめたのが表1である。表中の各波動モードについて、 次項以下で個別に紹介している。
 
 

表1:大気波動の主な特性
  時間スケール 水平スケール 鉛直(高度方向の)スケール 波の復元力 励起源の例
大気重力波 約5分から十数時間以上(最大周期は緯度変化する。極で12時間、 緯度30度で24時間、赤道で∞) 数十kmから数千km 100kmから102km 重力(浮力) 気象擾乱(前線、台風、低気圧など)、ジェット気流、山岳,
波動や平均流の非線形結合過程など。
大気潮汐波 24時間、12時間、8時間など (1日/N) 104kmオーダー* 数十km以上 重力(浮力) 成層圏オゾン層および対流圏水蒸気による太陽加熱
プラネタリー波
(惑星波動;ロスビー波)
2日、5日、7日、16日、など 104kmオーダー* 数十km以上 地球の回転効果 (慣性力) 海陸分布・地形、水蒸気など
* 潮汐、プラネタリー波の水平波長は、 地球を1周する長さの整数分の1程度である。


 
 

大気重力波
 前項でも述べたように、大気波動はただ空気を揺らすだけで はなく、その運動量・エネルギー輸送を通じて地球大気の構成に本質的な役割 を果たしている。大気波動も波であるから、そのおおもとの要素としては、 ばねとおもりで単振動を作る時のように、「ばね」にあたる復元力が必要である。 大気重力波(atmospheric gravity wave)は、重力を復元力として空気が 上下振動することが、その名前の由来となっている。安定した大気中では、 なにかの強制力が働けば、空気の塊がまわりの空気に対して浮力で単振動を 起こすわけである(従って浮力波(buoyancy wave)ともよばれる)。この振動の 水平スケールや時間スケールが伝播性の特性に一致するもの(伝播モード・内部モード) は、上下・水平方向へ伝播する。これまでの理論研究や大気観測から、 さまざまな気象擾乱や、気流が山岳にぶつかるとき、また波が崩れたりする不安定 現象の際にも、大気重力波が励起されうると考えられている。

 図4に、図3の 風速変動から計算された大気波動の周波数スペクトル例を示す。 このスペクトルはいわば、風速の振動周期の長いもの短いものを 各周期成分にわけてその振動の強さを示したものである。 ただし横軸は周期でなく周波数であり、単位はHz = 1/秒であることに 注意されたい。周期を知りたければ周波数値の逆数をとればよい。 例えば10-5Hzは1万秒であり、3600秒で割れば およそ27.8時間の周期に対応することがわかる。 さて図4をみると、非常に強い 24時間周期成分のピーク(横軸の10-5Hz付近)から短周期側(図 の右側) へ右肩下がりの特性が見られる。この、広い周期成分に広がった風速 振動が大気重力波と考えられている。このように重力波は広いスペクトル分布 をもっており、さまざまな周期・波長の重力波が重なり合って存在していると 考えられている。
 
 

図4:中間圏高度で観測された水平風速の周波数 スペクトル。 1994年11月5日から12月31日の期間に山川町(鹿児島県) のMF(中波帯)大気観測レーダーで観測された。 東西風(実線)と 南北風(点線)のスペクトルを示している。

 一般に大気重力波の振舞いは以下のようなものと考えられて いる。重力波は下層大気(対流圏)中で励起され、下層の大きな運動量を 成層圏・中間圏の高度まで輸送し、砕波してジェット気流や中層大気中の 温度バランスの形成に重要な役割を果たす。またこのほか、赤道域東西風に現れる 準2年周期振動(約26ヶ月周期)などは、太陽光の加熱(1年周期)と直接 結びつかない周期性を持っているが、こうした一見不自然な風の動きを作り出す 過程においても重力波が重要ではないかと考えられている。

大気潮汐波
 潮汐とは一般には、海の満ち引きで知られるように 半日・一日周期の海面の振動である。海の潮汐は主に月や太陽の万有引力が 作り出す起潮力によって起こる。一方、大気中でも半日や一日周期の気圧、風速、 気温などの変化が起こることが知られ、これは大気潮汐(atmospheric tide) と呼ばれる。大気潮汐の主な原因としては、太陽紫外線をオゾン層が吸収して 成層圏界面(成層圏と中間圏の境界)高度の温度が変化する、あるいは対流圏中の 水蒸気が太陽光を吸収して大気を加熱することがあげられる。つまり、 惑星上の流体に潮汐を起こす大きな原因には、万有引力(起潮力)と、太陽 (恒星)による加熱の2種類があることになる。後者によって起こる潮汐を、 とくに熱潮汐(thermaltide)と呼ぶ。

 太陽加熱は昼が加熱最大、夜は最小になるから、簡単には1 日周期の変化しか起こらないように思える。だが太陽の加熱はスムーズな 24時間周期変動ではなく、例えば夜は加熱ゼロであるのに朝日が昇ると突然加熱が 始まる。こうした正弦波(サイン関数)的でない強制力に対して、 1日(基調波)のほかに半日・8時間周期などの(また水平スケールについても) 高調波が生まれる。こうした多くの変動成分のうち、前項の大気重力波の 伝播モードに当てはまるものについては、内部重力波モードとして上下方向へ 伝播していくことになる。従って、大気潮汐波とは流体波動としては重力波の 一種であるが、太陽に同期した強制力が常に働き、地球全体の空間スケールをもとに 波動の振舞いが決まる、特殊な重力波と言える。 図3図4に見えた24時間・12時間 周期の潮汐波は中間圏高度のものであるから、下方から伝播してきた波動現象 と考えられる。

  潮汐波は、大気重力波と同じようにエネルギーや運動量を輸送するほかにも 影響を及ぼすと考えられる。潮汐波が中間圏・熱圏高度へ達するときには、振幅は 数十m/sにも達し、1日のうちに気温を数度〜十数度以上も変化させることがあると 報告されている。またこれに伴い、超高層大気を不安定にして、小規模な渦(乱流) を作って大気をかき混ぜるなどの役割が考えられている。 さらに潮汐波は高度100-120km近辺で電離した大気(プラズマ)を 揺さぶることで、電荷の運動に伴う磁界を発生させて、規則的な 地磁気の日周変化の原因となっている。 オゾン層や地上に起源をもつ大気の波が電離層にまで伝わり、 地上でも明らかに見えるような地磁気の変化を起こしているのである。 こうした電離大気(プラズマ)と、気象現象に端を発する大気波動との 相互関係なども、今後明らかにしていく必要のある問題の一つと言える。
 

プラネタリー波(惑星波動、ロスビー波)
 プラネタリー波(惑星波動)は、古くは気象学で超長波とも 呼ばれる。その波動としての性質を地球回転とともに論じたC. G. Rossby (1898-1957)の名をとってロスビー波とも呼ばれる。対流圏では冬季の高層天気図上 でジェット気流が地球を1周する間に1回から数回程度蛇行するもの (波の数が1から数個)がしばしば見られる。この「波の 数」を「東西波数」と呼ぶ。こうしたプラネタリー波は、 図3図4に見られるような 数日から十数日を中心とした周期をもつ。 プラネタリー波はその空間規模が地球全体に及び、 地球の回転効果の影響を強く受ける。回転体上では見かけの力 (慣性力)が働くが、慣性力は回転球面上で緯度とともに変化する。 この効果が南北方向の復元力のもととなる。

 プラネタリー波の一つの分類としては、大陸分布などが 作り出す「強制ロスビー波(強制波動)」がある。これは気流が大陸や地形の 影響で乱されて起こる、見かけ上地面に対して動かない(あるいはほとんど動かない) 強制励起の波動である。 またほかに大気の自由振動 (固有振動モード)としての波動(「ノーマル・モード・ロスビー波」などとも 呼ばれる)がある。